花組『マラケシュ 紅の墓標』
人の醜さも弱さも描かれていて、なのに美しく切なくて、これはちょっと……最高のやつなんじゃなかろうか……。
宝塚の作品じゃないみたい、外部作品みたいな雰囲気を感じる。
これがオギーのお芝居か~。
アラブ地域の踊りをする娘役たちと、中東の衣装をまとったオサさん(めっちゃ似合う)が斉藤恒芳氏の幻想的な楽曲と共に現れるOP。
これでもう心が作品の世界に囚われる。
紅いレースをまとった「蛇」が、物語の渦に私たちを誘う。
登場人物たちが狂気を帯びる場面や災厄に見舞われる場面で「蛇」は舞うんだけど、ネガティブなものの象徴というよりは、訪れるべき運命の具現化のような気がする。
砂漠でさまようイギリス人測量家のゆみこさん。
妻のふーちゃんの名前を呼ぶ。
私、特定の妻・恋人役がいるゆみこさん見るのって初めてで……。
たまりませんね。
良き夫・良き彼氏キャラだったんだなぁ、私の中で。
行方不明のゆみこさんを探しに、ふーちゃんがマラケシュを訪れる。
「愛しているのかわからないから、それを確かめるために」。
フランス占領下にあり、フランス人が持ち込んだ文化と、原住民のベルベル人たちの風習が混ざり合う街。
両者に存在する支配関係と差別意識から、この街は平和で陽気に見えても、常に緊張が漂っている。
さらにイギリスとフランスがこの地での覇権を争っており、拮抗する「力」が幾重にも交差している場所になっている。
エネルギーがある土地は、人を引き寄せる。
前述したふーちゃん。没落したロシア人貴族令嬢。
自分の意志で物事を決めたことがないのにコンプレックスを抱いており、ただ一度自分の意志で動いたときは「過ちだった」。
フランス人向けの、その建物の中だけパリのようなホテルを経営するオサさん。
「容れ物」でしかない建物は、彼自身の寓意にもなっている。
支配者であるフランス人と、原住民のベルベル人との間に生まれたじゅりさん。
フランス人にもなれずベルベル人にもなれず、どちらとも表面的に親しくしているがどちらからも疎まれており、いつかこの街を出ていくことを望んでいる。
「力」が拮抗するこの街の、縮図のような存在。
ホテルの常連、元マフィアのハッチさん。
落ちぶれたパリ・レビューの花形、あすかちんと「付き人」のシビさん。
あすかちんを追う不気味なドイツ人・らんじゅさん。
熱い翳、暗い熱を帯びたらんじゅさんってサイコーだな!
砂漠で採れる薔薇の形をした石を原住民に売りつけられそうになったことから、ふーちゃん・オサさん・あすかちんを繋ぐ因縁が明らかにされていく。
かつてふーちゃんは、一族がツァーリから授かった金の薔薇を、男に騙されて喪った。
愛と宝を共に喪い、流されるように「資産もある」ゆみこさんと結婚する。
金の薔薇はハッチさんの手に渡り、あすかちんに贈られる。
あすかちんは劇場の下働きをしていたオサさんと良い仲になるが、金の薔薇を巡って男と揉み合いになり、その男を撃ち殺してしまう。
オサさんは罪をかぶり、マラケシュに逃れる。
皆、何かを得、何かを喪い、運命の濁流に呑み込まれる。
パリで渦巻きはじめた運命の流れは、マラケシュに彼らを再び呼び集めた。
ゆみこさんの生存は確認されない。
ふーちゃんはオサさんの中に「パリ」を見、共にパリでやりなおそうと誘う。
オサさんも喪った時間を取り戻せる予感を覚え、その手を取る。
しかし、何も喪うことなく何かを得ることはありえない。
(この作品の世界はそういう「決まり」の下に動いている。)
じゅりさんは一儲けするために騒動をでっち上げようとするが、失敗し、ベルベル人の仲間の手で殺される。
オサさんもトラブルに巻き込まれ、命を喪う。
この街を縛っていた力の拮抗は、ひととき、ほどけた。
結界が解けたかのように、ゆみこさんが生きて街に現れる。
ふーちゃんはオサさんを喪った代わりにゆみこさんを取り戻した、あるいは、オサさんは自らの命を喪った代わりにふーちゃんにゆみこさんを与えた。
全てが具象的なのに、寓話的で象徴的。