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ヅカ式宝塚鑑賞日記

小並感千本ノック

花組『ミケランジェロ』

谷先生作品が続いていますが、偶然です……。

 

私にとってはまゆさんがTCA「花の十年」でパロってた

「私は神の如きミケランジェロだぁ!!!」

の印象の方が強いんですよね、実は(゚∀゚)

 

新公の映像も先に見ちゃってるしな……と思って当時の記事を見返してみたけど、何も書いてやしねぇ!!!

新公学年だった現在のベテラン(ほとんどOGになってしまった……しょぼん)可愛いしか書いてねぇ!!! ばか!!!!

 

まゆたんはあのぶっちぎったキャラ立ち、人の話聞いてない感じがコメディ的にハマってたんだけど、それを美しすぎて人の話聞いてない感じのタモさんが演じると一気に悲劇みを帯びるな……と感じるし、谷先生はそういうのがお好きなんだろうな……とも思う……。

しかし『ルートヴィヒII世』といい、なぜタモさんはこういう「人間の恋人を大事にできない」「自分の世界を愛してしまう」キャラを複数回当てられているのか……。

いや、まぁなんか、わかる気がするっていうか、似合っちゃうのわかるけど……ね?

 

どうしてもまゆたんとの比較になっちゃうけど、あの血の赤い感じ、強情な熱血派というキャラクターも、まゆたんの方がハマっていた気がするなぁ。

タモさんって「青い血」って感じの人じゃないですか……? そんなに出演作見た訳じゃないのでわからないんですけども。

まゆたんは自分からアグレッシブに「自分の世界」にのめり込んでいっていた感じなんだけど、タモさんだとのめり込んでいかざるをえなかったというか、そうせざるをえない性みたいな、哀しさがある。

 

だから、顧客要望を上回ったクオリティのものを予算&〆切度外視で作っちゃったり、創作に没頭するあまり恋人との関係がお留守になっちゃったりして周りとギスギスするのを見るたび、つらい気持ちになるんだよなぁ。

 

本当は人を愛し、恋人を愛していたことが、サン・ピエトロ大聖堂の天井画・壁画に彼らを描きこむことで示されるんだけど、タモランジェロだと

「オメー今更それやっても遅いよ!!?!」

ってツッコみたくなる。

まゆランジェロは「うんうん、そうだよな、知ってたよ、お前の熱い気持ち!!」って少年漫画的な暑苦しい感動を覚えるんだけど。

 

作者の嗜好と主演者の持ち味はせっかく噛み合ってるのに、題材がズレていて残念な仕上がりになってしまっている、この気持ち。

新公主演者の持ち味がむしろ題材にフィットしていたから、余計に際立ってしまう違和感。

 

音楽はやはり素晴らしかったです、が、冒頭の「マイケルエーンジェル♪(ミケランジェロのことですね)」とか、やたら同じフレーズを繰り返す歌詞は今聴くと草だった。